一乗寺について

 岐阜県羽島市にある、弘法大師 空海の発願によって建立された寺。 戦国時代の騒乱から後は臨済宗です。

 立派な説教などはできませんので、ご期待される方は肩透かしを喰らうでしょう。

概縁起

 岐阜県羽島市にある、弘仁10年(819年)弘法大師 空海様(以下敬称略)の発願によって建立された寺。 戦国時代の騒乱から後は臨済宗です。
 一乗寺の歴史は古いのですが、残された資料がほぼありません。 歴史については伝承の話が多いため、伝承と実際の話を照らし合わせながら書いています。 略縁起には伝承を記載し、追記には検証を書いています。

寺宝

 現在、一乗寺には寺宝と呼べるものはほぼ消失してありません。 歴史を知りたいので何方か「一乗寺蔵」と書かれたものを見つけたら教えてください。
 先人の足跡はいろいろと残っています。山門、地蔵堂、一乗寺開山(江西大和尚)の掛け軸、があります。 そのなかでも、寺宝と思われる地蔵堂を上げたいと思います。

近くを通る街道について

更科日記(平安時代 寛仁4年、1020年ごろ)

 美濃の国になる境に、墨俣といふ渡りして、野上といふ所に着きぬ。そこに遊 女ども出で来て、夜ひとよ歌うたふにも、足柄なりし思ひ出でられて、あはれに 恋しきことかぎりなし。

 美濃と尾張の境で、墨俣というところを渡り、野上まで来た。 野上で遊女が出てきて一晩中歌い、足柄のことが思い出されてとても恋しくてたまらないという話です。
 秀吉と家康の争い、小牧長久手の戦い頃までは羽島市は尾張(愛知県側)の領地でした。 そのため、現在の長良川(墨俣川)は美濃と尾張の国境でした。野上は岐阜県の関ヶ原。
 この歌から街道が既に存在しており、人の往来があったことが分かります。